大谷光瑞猊下が別府の病院で御往生あそばされたとき、臨終に「願力無窮」の御和讃を一、二回上げられ、お念佛と共に往生せられた。
神戸の青木の無量寺の坊守さんは、三十二歳の時瑞劔より「願力無窮」の御和讃を聞き、八年経って臨終に際してまた瑞劔より「願力無窮」の話を聞き、「落ちるままですね」の一言を残して目出度く往生せられた。
一首の御和讃、よく久遠劫来の生死の苦輪を解脱せしむるのである。何十年苦しんで未だ苦界を出ずることのできないものは、すべからく「願力無窮」の聖句に参ずるがよかろう。
「願力無窮」とは、本願力は甚深微妙、無限の力があるということである。火宅無常の世界に生まれ出で、煩悩具足の凡夫として、生死をのがれる道の絶え果てた者は、如来の本願力によりてのみ、生死を出ずることができるのである。
親鸞聖人は、願力の無窮なることを篤くいただき、深くよろこばれた。そのよろこびがこの御和讃で、これで後生の問題が解決できないということはない。佛智と大慈悲の丸出しである。
どれほど重い罪業も、本願力の溶鉱炉の上へ持ってきたら一片の雪で、すぐ融けてしまう。その力を「願力無窮」という。まことに頼もしい極みである。
「佛智無辺」とは、われらの心の散乱放逸も、往生の障りにならぬということである。それは佛智の不思議である。
信心はまだ獲ておらぬ、医者は手を放した、出てゆく後生は真っ暗闇である。このときに「願力無窮」の御和讃が無明長夜の灯炬(とうこ)になって下さる。
この和讃をくり返しくり返し誦しておると、安養の妙果が私を差し招き、阿弥陀如来がにこにことして私を待っていて下さっているのが、眼に見えるように思われる。
和讃はどれもこれも有り難いが、とくに「願力無窮」の和讃が有り難い。この有り難い味は、口に出して言うことができぬ。
それというのは、「願力無窮」を味わうときは、自分の智慧も考えず、行いも考えず、善悪も何もかも考えず、ただ、どうしても助からぬ内心秘奥の苦悶を抱えて、丸のはだかになって、如来様に遇うた心地で味わうのである。
その時には、これから信心をいただこうとか、もう信心をいただいたのだからとか、そんなところに用事はない。
自分の罪悪の深いことは言うても言わなくても知れたこと、自分が落ちる自分であることはこれまた知れたこと、まるで大海の捨て小舟のようなこの奴に、絶望の淵に沈んでおるこの者に、響いてくるのがこの和讃のことばである。
そんな味が人に言えるものか。また言うたところで自分が感じたほど人は感じてくれぬ。感ずる感じないに用事はない。ただ願力無窮が有り難い。生命の声は生命を与えてくれる。如来生命の声は、如来回向の生命の耳をもって聞かねば聞かれぬ。
「願力無窮にましませば
罪業深重もおもからず
佛智無辺にましませば
散乱放逸もすてられず」
稲垣瑞劔師「法雷」第35号(1979年11月発行)
2 件のコメント:
たとひ罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくひましますべし。
(『御文章』5帖目第1通)
と教えていただいております。
和讃にせよ御文章にせよ、生死の苦輪のまっただ中で、窮まりなき願力に心を浮かべ、千万言も言葉も尽くして、なお尽きぬ感嘆が響いてくるのでしょう。
「こころもことばもたえたれば 不可思議尊に帰命せよ」
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