2024年7月10日水曜日

本願力が大きいで 地獄を負うて 極楽へ 瑞劔


 地獄必定の深信の底から、「本願力は大きいでなあ」の声が聞こえる。願力往生と深信した、その底から地獄必定の自分の機が知らされる。

 真っ暗闇のその下に「本願力は大きいでなあ」と響いてくる。
 死中に活あり、活中死あり。「死」とは地獄必定の信である。
 大垣市外池田町六の井の原武夫さんは、かつて大病をして死なんとしたとき、如実にこの声を聞かれた。能登川町の市原ふさ女は、この一言で往生した。

稲垣瑞劔師『法雷句集』(1969年4月発行)
 

2 件のコメント:

土見誠輝 さんのコメント...

「地獄必定の信である」とあります。

地獄一定であると思っていない私が、必ず堕ちるに間違いないと
如来様に教えて頂くのです。
機の深信も知らされると
教えていただいております。

光瑞寺 さんのコメント...

ああ、そうですね、如来さま、自分では地獄などみじんも思っていない身に、「必ず落ちる」「必ず助ける」と教えてくださいます。

空手にて いたゞく寳 無尽蔵

 今死ぬとなれば、何一つ役に立つものはない。 役に立つものを一つも持ち合わさないでお助けくださるから、ありがたい。 「ありがたい」とは、如来の不可思議力を不思議と仰いだところに、おのずから湧きおこる歓喜である。 念佛者は、信心歓喜の生活である。 稲垣瑞劔師「法雷」第91号(198...