光瑞寺(浄土真宗本願寺派)
稲垣瑞劔師(明治18年~昭和56年)のお言葉を通して阿弥陀さまのお慈悲を味わってまいります
2026年5月12日火曜日
No.162
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No.163
本願成就文(三)
「南無阿弥陀佛」と聞いて、何十年の聴聞を捨て、知解分別を捨てて、生まれ初めて、名号を聞く思いをするがよい。聞き始めが、聞き納め。往生極楽の道は是れ一つ。 「極楽の 道は一すじ 南無阿弥陀」 「これはこれは」と、驚き入り、歓喜胸に満ち、己れ忘れて、南無阿弥陀佛の威神功徳...
功徳
佛法のことにお金を上げると、お寺の功徳には余りならぬが、自分の功徳になる。死んだ人の功徳には少しなる。けれども功徳になると思うたら功徳にならぬ。まあ何でも、上げてくれと仰ったら上げたらよいでないか。功徳・無功徳は忘れてあげるのが上上。 何でも佛法の上では、その時その時の心によ...
生死は佛の御いのち㈦
さらに道元禅師は「生死」の巻に曰く、 「これをいといすてんとすれば、すなわち佛の御いのちをうしなわんとするなり。これにとどまりて、生死に著すれば、これも佛の御いのちをうしなうなり。佛のありさまをとどむるなり。いとうことなく、したうことなき、このとき、はじめて佛のこころに入る...
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