稲垣瑞劔師(明治18年~昭和56年)のお言葉を通して阿弥陀さまのお慈悲を味わってまいります
「終わる」のでない、「始まる」のや。と書かれていました。亡くなった方に向かって、安らかにお眠りくださいと使うのは間違っていると思うようになりました。眠っているヒマはなく、本当の御恩報謝に活躍させていただける。
本当の御恩報謝、楽しみですねえ。「・・・ 乗悲翼還来穢国 遊法界普化群萠 (悲翼に乗じて穢国に還来し 法界に遊んで普く群萠を化せん) 楽哉快哉如来行 人生将了望洋々 (楽しい哉 快ばしい哉 如来行 人生将に了らんとするも望み洋々たり) ・・・」 稲垣瑞劔師「唱導歌」より
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世の人は「救い」「救い」と言っておるが、「救い」とは何であるか、殆どすべての人が「救い」を知らない。死を宣告された人から見ると、五欲街道の修理は「救い」でない。 真の救いは、救う人と同じ境地に到達してこそ「救われた」と言えるのである。あるいは、救う人の境地に必ず行けるという大...
2 件のコメント:
「終わる」のでない、「始まる」のや。と書かれていました。
亡くなった方に向かって、安らかにお眠りくださいと使うのは間違っていると思うようになりました。
眠っているヒマはなく、本当の御恩報謝に活躍させていただける。
本当の御恩報謝、楽しみですねえ。
「・・・
乗悲翼還来穢国 遊法界普化群萠 (悲翼に乗じて穢国に還来し 法界に遊んで普く群萠を化せん)
楽哉快哉如来行 人生将了望洋々 (楽しい哉 快ばしい哉 如来行 人生将に了らんとするも望み洋々たり)
・・・」
稲垣瑞劔師「唱導歌」より
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