稲垣瑞劔師(明治18年~昭和56年)のお言葉を通して阿弥陀さまのお慈悲を味わってまいります
御一代記聞書の198にある「まだ履物も脱がないうちから、善従が仏法について急いで話し始め、仏法のことは不要不急ではない。」という逸話を思い浮かべました。
佛法は「要」で「急」ですね。私はいつもうかうかしてます、有り難いご指摘です。
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本願力があればこそ 自分より可愛いものはない。自己を見つめて一心一向にならぬと、如来の本願力を、「本願力があればこそ」と仰ぐことはできぬ。また本願力を仰がなければ、信心二心なきことはできぬ。いつまでも「はからい」に囚われて、ぐるぐる自力の輪の中を回って自分の心を追い回していては...
2 件のコメント:
御一代記聞書の198にある
「まだ履物も脱がないうちから、善従が仏法について急いで話し始め、
仏法のことは不要不急ではない。」という逸話を思い浮かべました。
佛法は「要」で「急」ですね。私はいつもうかうかしてます、有り難いご指摘です。
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