大信海は不可思議、不可称、不可説の信楽である。
「信は願より生ずれば 念佛成佛自然なり」とあるにて知られるごとく、大信海は如来の誓願海である。凡夫自力の行に非ず、善に非ず、また聖道門でいう有念とか無念とかいうものではない。もとより凡夫の認識思惟を超え、凡夫の一切の行為を超えたものである。
しかも凡夫は一毫の自力の労作を付加することなく、持ち出すことなく、向上も向下もなく、今のこのままにて、願力自然にはからわれて易く往生するのである。すなわち「佛の因縁法」に同化し、同調し、押し流されて往生するのである。
「佛の因縁法」とは如来の大願業力である。
九十三才 瑞劔
稲垣瑞劔師「法雷」第19号(1978年7月発行)