稲垣瑞劔師(明治18年~昭和56年)のお言葉を通して阿弥陀さまのお慈悲を味わってまいります
「この一葉千思して可なり」は、「一葉千思」という熟語ではなく、「この一葉」「千思して可なり」と、区切るのが良いと思いました。「この一葉」は、たった一枚の葉のような私が、「千思して可なり」は、千もの無限の思いを巡らしているまま、いま助かるのである。
古い文体ですので所々読みにくい部分もあるかと思います、随時ご指摘下されば幸いです。「この一葉、千思して可なり」という言い回しも、先例があるのかもしれません。寡聞にして存じませんが。「一葉」には「一枚」という意味もございます、ご自身の綴られた短文を指す場合もあろうかと存じます。
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今死ぬとなれば、何一つ役に立つものはない。 役に立つものを一つも持ち合わさないでお助けくださるから、ありがたい。 「ありがたい」とは、如来の不可思議力を不思議と仰いだところに、おのずから湧きおこる歓喜である。 念佛者は、信心歓喜の生活である。 稲垣瑞劔師「法雷」第91号(198...
3 件のコメント:
「この一葉千思して可なり」は、「一葉千思」という熟語ではなく、
「この一葉」「千思して可なり」と、区切るのが良いと思いました。
「この一葉」は、たった一枚の葉のような私が、
「千思して可なり」は、千もの無限の思いを巡らしているまま、いま助かるのである。
古い文体ですので所々読みにくい部分もあるかと思います、随時ご指摘下されば幸いです。
「この一葉、千思して可なり」という言い回しも、先例があるのかもしれません。寡聞にして存じませんが。
「一葉」には「一枚」という意味もございます、ご自身の綴られた短文を指す場合もあろうかと存じます。
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